悪いわけではない。
写真はきれいです。ロゴも整っています。文章も丁寧で、価格も分かる。Webは迷わず読める。誰かに見せても、大きく否定されることはないでしょう。
それでも、次の日には思い出せない。
比較する画面を閉じたとき、別のブランドと入れ替わってしまう。
これは、才能がないからではありません。情報が不足しているからでもない。
すべてを正しくしようとするあまり、ブランドが持つべき一つの偏りまで、きれいに均してしまっているからです。
記憶に残るのは、情報量ではない。
ひとつの意思が、最後まで残っているかです。
多くのブランドは、間違えないことに長けています。
明るすぎない。暗すぎない。親しみにくくない。尖りすぎない。説明不足にならない。
どれも正しい配慮です。
けれど、配慮だけでつくられた見え方には、輪郭がありません。
誰にも嫌われないものは、ときに誰の記憶にも残らない。
「整っている」は、まだ印象ではない
整っていることは、入口として大切です。
崩れた文字組み、急に明るい写真、読み終わらない説明、安いテンプレートのような動き。そうしたノイズは、ブランドへの信頼をすぐに下げます。
だから最初に整える。
しかし、そこで終わると、ブランドは「問題のないもの」になるだけです。
問題がないことと、選ばれることは別です。
たとえば、黒を使っていても、黒が何のためにあるのかが見えなければ、ただの落ち着いたデザインになります。余白を取っていても、どこに緊張を置くかがなければ、ただ広いだけです。言葉を減らしていても、残した一文に姿勢がなければ、ただ説明が足りないだけです。
ブランドを残すのは、要素そのものではありません。
その要素が、同じ方向を向いていることです。







